謎の調査費用負担制度縄文学研究室トップ研究ノートトップ
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1.はじめに

 「個人住宅を建てる際に遺跡が見つかった場合、調査費用は負担しなければならないのか」
 NHKの朝のテレビ小説「あすか」(注1)が視聴者にこのような誤解を与えているという。
 この話題は既に「総務の部屋」で取り上げられていたが(注2)、3月20日付けトピックスでお伝えしたように、NHKが文化庁に釈明に行くという事態となった。

 「あすか」の場合は小さくても営利目的の企業であり、「個人住宅」ではないと思うのであまり気にはしなかったのだが、埋蔵文化財関係法令集を掲載している私としては、どんな場合に原因者が負担し、どんな場合に公費で調査が行われるのか、という点に大きな関心をもった。

 ★神奈川県教育委員会発行の手引書(注3)には次のように書かれている。
 発掘調査の経費等について
 発掘調査(緊急調査)にかかる経費は、当該埋蔵文化財の現状による保存を不可能とする原因となった開発事業等の事業者に対し、その経費負担による記録保存のための調査を求めることとしているものである(「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」平成10年9月29日付文化庁次長通知)。いわゆる原因者負担と呼ばれるもので、これは、開発という自らの利益行為のためにやむを得ず記録保存のための調査を行うことになったのだから、原因者である事業者が負担するという考えに基づくといえる。
 原因者負担は昭和40年以後、文化庁(旧文化財保護審議委員会【引用者注:文化財保護委員会の誤りか?】)が各公社・公団との「覚書」を交わしたり、建設省や農林水産省との了解事項としたりすることにより、定着を見るに至っている。
 なお、事業者が個人で、もっぱら個人の用に供するための住宅を建設する場合のように、事業者に負担を求めることが困難なときには、公費による発掘を実施している。
 ここには原因者負担と公共事業の費用負担については、その根拠が示されている。また、考古学ニュースがマスコミを賑わす最近では、開発前の遺跡の調査やその費用の原因者負担の理論については多くの人が理解してくれると思われ、少なくとも不動産・建設関係者という専門家は現在の慣例を知っているだろう。
  問題は後半の太字にした部分である。この根拠は一体何なのだろうか。少なくとも当サイトの埋蔵文化財関係法令集掲載資料にはそれを明記したものはないと思われる。
 事情に詳しくない人が原因者となった場合のことを考えると、どの場合に公費で調査でき、どの場合にできないのかは大きな問題であると思われる。

 そこで、実際に開発事業者との交渉をされている市の担当の方にお話を伺った。それによると、基本的に営利目的のものは公費負担できない営利目的でない個人住宅は公費で調査できる、ということである。
 しかし、零細企業の場合、共同住宅に大家も住む場合、個人住宅を分譲する場合など様々なケースがあり、対応も一様ではないらしい。そして、この辺りの事情は第一線の担当者でなければ分からないことが多いという。

 私は法令集に掲載できるような文書的根拠を求めたが、そのようなものはないという。
 そこで、とりあえず私のできる範囲で関連資料を集めてみた。まずは、原因者負担の根拠を見てみよう。

2.原因者負担の根拠とされているもの


文化財保護法 第57条の2第2項
土木工事等のための発掘に関する届出に対して、「埋蔵文化財の保護上特に必要があると認めるときは、文化庁長官は、前項で準用する前条第1項の届出に係る発掘に関し、《当該発掘前における埋蔵文化財の記録の作成のための発掘調査の実施その他の》必要な事項を指示することができる。」((《》内は2000年4月より施行)

「埋蔵文化財関係の事務処理の迅速適正化について(通知)」昭56(81).2.7 庁保記第11号
「・・・埋蔵文化財又は遺跡の状況と工事内容を勘案し調整した結果、・・・工事等の計画を変更し、遺構等の全部又は一部の現状保存を必要とすると認められる場合以外の場合には、・・・立会等の取扱いとする場合を除き、発掘調査を行うよう指導することとし・・・」

「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について(通知)」平10(98).9.29 庁保記75
「・・・当該埋蔵文化財の現状による保存を不可能とする原因となった開発事業等の事業者に対しその経費負担による記録保存のための調査の実施を求めることとしている。・・・」

府中市発掘調査費用負担損害賠償請求訴訟判決 昭60(85).10.9 東京高裁
 「・・・埋蔵文化財包蔵地の利用が一定の制約を受けることは、公共の福祉による制約として埋蔵文化財包蔵地に内在するというべきである。・・・埋蔵文化財包蔵地における土木工事によって埋蔵文化財が破壊される場合には、埋蔵文化財保存に代わる次善の策としてその記録を保存するために発掘調査を指示することは埋蔵文化財保護の見地からみて適切な措置というべきである。したがって、右のような発掘調査の指示がなされることによって、発掘者がある程度の経済的負担を負う結果になるにしても、それが文化財保護法の趣旨を逸脱した不当に過大なものでない以上、原因者たる発掘者において受忍すべきものというべきである。
 そして、右の負担が文化財保護法の趣旨を逸脱した不当なものであるかは当該埋蔵文化財の重要性、土木工事の規模・内容、調査に要する費用の額、発掘者の負担能力、開発による利益の有無程度及び負担者の承諾の有無など諸般の事情を総合して判断すべきものと解される・・・
「・・・控訴人は、国民に財産的出損を負わせる場合には法律に定める根拠が必要であるところ、文化財保護法には国民が文化財保護の費用を負担すべき事を定める規定が存在しないと主張するが、前記認定事実によれば府中市教育委員会は控訴人に対し直接金銭の負担を要求したものではなく、発掘調査をなすべきことを指導し、控訴人は右指導に応じて任意に府中市遺跡調査会との間で発掘調査に関し費用の負担を伴う委託契約をを締結したものであり、府中市教育委員会が右のような指導をなし得ることは前述した通りであるから控訴人の右主張を採用することはできない。・・・」
「・・・控訴人は、被控訴人は文化財保護法98条の2第5項により国の援助を得て自らの負担で発掘調査をすることができるから、発掘調査費用を控訴人に負担させるべきではないと主張するが、同項は、地方公共団体が同条1項に基づきその独自の判断により埋蔵文化財の調査をする場合のことを規定したものであるところ、地方公共団体が右調査を行うか否か地方公共団体の裁量に委ねられているものと解される。
 しかも、同法57条第2項の指示に基づく発掘調査は、控訴人主張の右発掘調査とは別個のものであり、土木工事による発掘などにより埋蔵文化財の発掘調査を行わなければならない原因を生じさせたものがある場合に、地方公共団体が右原因者に代わって右調査をしなければならない義務があるとすることはできない。・・・」

 なお、全調査費用の9割近くは公共事業によるものである。
 国の機関・公団の開発事業については関係省庁・公団と文化財保護委員会・文化庁との覚書等が締結されており(法令集参照)、また地方自治体でも土木部等と教育委員会との間で覚書が交わされている場合が多く、公共事業に関してはほとんど問題にならない。

3.公費負担の規定

 文化財保護法に地方公共団体実施の調査への国庫補助の規定があり、それに基づいた要項が定められている。
 しかし、公費負担の基準について明確に書かれた全国レベルの通知・規則等は無いようである。
文化財保護法 第58条の2(改正前は第98条の2
「地方公共団体は、文化庁長官が・・・発掘を施行するものを除き、埋蔵文化財について調査する必要があると認めるときは、埋蔵文化財を包蔵すると認められる土地の発掘を施行することができる。」
「国は、地方公共団体に対し、第1項の発掘に要する経費の一部を補助することができる。」

「埋蔵文化財緊急調査費国庫補助要項」昭54(89).5.1 文化庁長官裁定
補助対象事業者:地方公共団体・文化庁長官が調査にあたることを適当と認める法人
補助対象事業:発掘調査・遺跡発掘事前総合調査・遺跡詳細分布調査・重要遺跡確認緊急調査
補助対象経費:発掘調査経費・分布調査経費・測量図化経費・附帯その他関連調査経費・報告書印刷経費・事務経費
補助金の額:(原則として)補助対象経費の2分の1

4.おわりに

 原因者の負担をできる限り減らそうという調査の円滑化・事務の迅速化について事細かに指示が出ている一方で、経費負担については国の統一基準がなく、曖昧なままになっているのは驚きである。
 これは、長年要望されてきた文化財保護法への原因者負担の明記が未だに実現しないのと同様の理由に基づくものだと思われる。
 しかし、無駄な開発を抑制し、文化財を守ることを考えれば、この点は明確にしておかなければならないのではないだろうか。
 4月施行の改正文化財保護法では地方に大幅な権限の委譲が行われる。既に地方公共団体レベルでは基準を定めているところもあると聞くが、今後は都道府県レベルで独自の基準が作られていくことになると思われる。今後の動向に注目したい。


注1:「あすか」については2月5日付けトピックス参照
注2:総務の部屋 「NHKってすごい」「告知 お詫びと訂正
注3:『埋蔵文化財保護の手引き』神奈川県教育委員会 1999.11  6ページ

[2000.3.22 第1稿]

補 記
 当ページアップ後気付いたのだが、私が本稿とその資料を打ち込んでいた頃、青森遺跡探訪に「NHK「あすか」に文化庁がクレーム」というページがアップされていた。実務を担当された方の貴重な意見である。
 私としては公費負担の基準についての曖昧さを問題としたいのだが、それには、このような形で《実態》をより多くの人に知ってもらうことが必要だと思われる。

 お気づきの点、ご意見などありましたらメールを頂ければ幸いです。
 頂いたメールを元に第2弾ができればと考えています。(2000.3.22)


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